硫化水素(hydrogen sulfide) H2S

哲猫

硫化水素の酸性

H2Sは、火山ガスや鉱泉水に含まれ、硫黄を含むタンパク質の腐敗によっても発生する。硫化水素は、腐卵臭のある有毒ガスである。硫化水素は、水に比較的良く溶け、硫化水素水溶液は、次の反応式で示されるように、極めて弱い酸性を示す。
H2S → H+ + HS-    K1=9.6×10-8 mol/L
HS- → H+ + S2-    K2=1.3×10-14 mol/L

硫化水素の還元力

硫化水素は還元力を持ち、多くの酸化剤と酸化還元反応をする。硫化水素が還元剤として働くときの働き方を電子の記号e-を使って表すと、
H2S → S + 2H+ + 2e-
と記すことができる。硫化水素水を空気中に放置すると次第に白濁するのは、硫化水素が溶存酸素で酸化され、硫黄が生成する為である。
2H2S + O2 → 2S↓ + 2H2O
硫化水素は(還元剤であるから)可燃性であり、硫化水素を燃やすと二酸化硫黄が生成する。
2H2S + 2O2 → SO2 + 2H2O
硫化水素は還元力を持つので、二酸化硫黄(一般的には還元剤としても働く)やヨウ素(ハロゲン単体の中では酸化力が最小)といった余り酸化力が大きくない物質とも、次の反応式で示されるように酸化還元反応する。
SO2 + 2H2S → 2H2O + 3S
I2 + H2S → 2HI + S
つまり、硫化水素水に二酸化硫黄を通すと白濁し、ヨウ素液(ヨウ素のヨウ化カリウム水溶液)に硫化水素を通すと褐色が消失し白濁することが確認できる。

硫化水素の発生法

硫化水素の酸性は非常に弱いので、硫化水素は
弱酸の塩 + 強酸 → 強酸の塩 + 弱酸 の反応を利用して発生させることができる。例えば、硫化鉄(II)に希硫酸を注ぐと、次の反応式で示されるように、硫化水素が発生する。但し、硫化水素は猛毒の気体なので、硫化水素の発生実験は必ずドラフト内で行わなければならない
FeS + H2SO4 → FeSO4 + H2S
同様に、次の反応式で示されるように、硫化鉄(II)に塩酸を注いでも硫化水素が得られるが、塩酸は揮発性の酸なので、この場合は、発生する気体に塩化水素が混入する可能性がある。
FeS + 2HCl → FeCl2 + H2S
但し、硫化鉄(II)に加える強酸として硝酸を用いることはできない。何故ならば、硝酸は酸化剤なので、硫化物イオンや硫化水素と酸化還元反応をしてしまう為である。

重金属の硫化物の水への溶解性

重金属イオンの水溶液に硫化水素を通じると、重金属の硫化物の沈殿が得られる。尚、重金属の硫化物は黒色のものが多い。硫化水素ないしは硫化物イオンによる沈殿生成反応を利用すれば、金属イオンの分離や確認ができる。

重金属の硫化物(塩基性で沈澱するもの)
MnS(淡赤色) ZnS (白色) FeS (黒色) NiS (黒色)
重金属の硫化物(酸性でも沈澱するもの)
CdS(黄色) SnS(褐色) PbS(黒色) CuS (黒色) HgS (黒色) Ag2S (黒色)

一般的に、イオン化傾向の小さい金属の硫化物は酸性水溶液でも沈澱し(つまりは、硫化物が酸性水溶液に溶けないということである)、イオン化傾向がそれほど小さくない金属の硫化物は酸性水溶液に溶けるので、中性ないしは弱塩基性水溶液で沈澱する(しかし、イオン化傾向と金属の硫化物の溶解性に関する因果関係はない)。
尚、水溶液を酸性にすると、
H2S → 2H+ + S2-
の平衡が左に移動し、水溶液中の硫化物イオンの濃度[S2-]が極めて小さくなることになる。つまり、酸性でも沈澱する硫化物というのは、水への溶解度が極めて小さいということである。これに対して、弱塩基性にすると、水溶液中の硫化物イオンの濃度は大きくなるので、塩基性で沈澱するもの硫化物というのは、水への溶解度は(勿論、小さいのであるが)極端に小さくはないということになる。よって、ZnSやFeSは水には不溶であるが、希硫酸には溶けるのに対して、CuSやPbSは希硫酸には溶けないということになる。(詳しくは 硫化水素による重金属イオンの選択的沈澱を見よ)
尚、硫化水素の確認には、酢酸鉛(II)水溶液をしみこませたろ紙(鉛糖紙という)が黒変する反応を利用する。
(CH3COO)2Pb + H2S → PbS↓(黒色) + 2CH3COOH